「古代アンデス文明展」関連企画として、染色講座が開催されました。この講座では、本展に出品されている「ワリ文化のチュニック」から着想を得て、アンデス文明を代表する赤い染料「コチニール」と、日本の色「藍」を用いた絞り染めの麻ストールを、参加者の皆さんに制作していただきました。
講師には、静岡市内で染織教室「YUTORI ART&CRAFT」を主宰されている、染織家の稲垣有里さんをお招きしました。今回の講座は、染める色と書く「染色」講座で、稲垣さんの本業である、染めて織る「染織」とは異なりますが、コチニール染めを学ばれたご経験から、快く了承して下さいました。
はじめに、コチニールに関する説明をいただきました。コチニールとは、サボテンに生息するカイガラムシ科の「虫」を原料とする天然の色素(主要産地:中南米のペルー、エクアドル、チリ、メキシコなど)です。アンデス文明に登場するほど古い歴史を持ち、貴重な「赤」を作りだせることから、この染料をめぐり大きな戦も度々起こったそうです。現代に至っても、私たちの生活に欠かせない染料であることには違いなく、食品、テキスタイル、化粧品、インク、医療品…身近なところでたくさん使用されています。
上の写真が、赤い染料となるコチニール虫です。遠目で見ても茶褐色であることが見てとれます。1体の大きさは2~3㎜ほどで、とても小さいです。拡大していただくと細部まで見えるかと思いますが、虫感がすごいです…。
上の写真の左側にかかっている2本のストールは、本講座のために稲垣さんが試作してくださったものです。染料の濃度によって赤の発色度合いも変化するとのことで、参考作品は深みのあるピンク色に仕上がっています。古代の人々が小さなコチニール虫から美しい赤色が生まれることを発見した時は、とても神秘的な体験だったろうと思います。
コチニールについて学んだところで、早速、絞り染めストールの制作にかかりました。まずは、麻とレーヨンの繊維でできたストールに色が染まりやすくするための前処理に用いる豆汁(ごじる)を作りました。
一晩水に浸した大豆を用意し、ミキサーにかけ、ぎゅ~っと布で漉して豆汁を絞り取ります。ちなみに、残った大豆の粕をお料理に使うと、とても美味しいおから料理ができるそうです。
上の写真は、未着色のストールを豆汁に浸した状態です。上下を返しながら繊維にタンパク質を浸透させ、染まりやすい下地を作ります。しばらく浸け置きしているこの間に、各自、ストールのデザインを考案しました。ビニールで縛った後にコチニール液(赤い染料)に浸け、さらに藍に浸けて…と考えると、どのように絞りを施すとどういった柄ができるのか混乱してしまうため、今回は、四角やストライプといったシンプルな柄を中心に考えていただきました。
デザインが決まった方から順に防染作業をはじめました。豆汁につけた布を取り出し、脱水した後に絞りを施していきます。ビニール紐や輪ゴムを使ってしっかり縛ったところは染料が入り込まず下地の白が残ります。布を屏風畳みにして絞ると線模様ができますが、縦方向か横方向かで、デザインが全く異なってきます。
皆さん、思っていた以上に絞る工程に力がいることが分かり、先生のアドバイスに従い、二人一組になって作業を進めました。
1回目の防染作業を終えたストールを、ミョウバン液に一斉に浸します。一斉に入れるのは、媒染の効果を均一にするためで、コチニール液や藍液に浸す時も同様でした。
媒染作業をしている間に、コチニールを乳鉢で擦りつぶします。皆さん、この工程に興味津々だったようで、代わる代わる交替をしながら、細かく擦りつぶしていきました。
粒っぽかったコチニールが、上のようにさらさらの粉末状になるまで擦りつぶし、
お湯を注ぎ、コチニール液を作ります。虫を擦りつぶしただけでこんなに濃い赤色が発色するとは、本当に驚きです。
大きなボールにお湯を沸かし、コチニール液を流し込んでいくと、お湯の色が赤紫に変化しました。
皆さんのストールをコチニール液に浸したところで、しばしお昼休憩…。休憩の間も、時折り布の上下を返して、まんべんなく染まるように注意を払います。
上の写真は、コチニールで染め上げた直後のストールです。とても綺麗な赤紫色に染まっており、絞りを施した部分も、くっきりと白く残っているのが分かります。次の工程では、このストールに藍色を重ねるため、そのまま白く残したいところは絞りを解かず、赤色を残したい箇所を新たにビニール紐でくくります。
上の写真は、藍の染料です。藍もコチニールと同様、乳鉢で細かく擦りつぶします。
この工程を「藍を建てる」と呼びます。藍建てが上手くいったかどうかは微妙な色の変化で判断するそうで、稲垣先生が見極めるのを、どきどきしなら見守りました。
無事に出来上がった藍液に2回目の絞りを施したストールを投入。ビニールの空気を抜いて、密閉した状態で袋を揉みます。
袋から取り出し、空気に触れると藍の色が濃く発色しました。一体どんな模様になっているのでしょうか。
色止めの酢酸液に浸けて脱水した後、いよいよ絞りを解き始めました。この時間が待ち遠しく、皆さんの手も進みます。
ひとつ模様が見える度にあちこちから「わあ綺麗」「素敵な模様!」といった声が聞こえてきました。仕上がったストールを広げて嬉しそうにはしゃいでいる女性の皆さんを目にし、アンデス文明の頃から、こういう光景は変わっていないのかもしれない…などと思いました。
参加者全員のストールが完成しました!作品を全て並べると、ストライプや四角を組み合わせたシンプルなデザインの中にも、皆さんそれぞれの個性が光っていますね。藍×白という組み合わせは日本の染物によく見られますが、赤が入ると、ぐっとオリエンタルな雰囲気も感じられ、洋服だけでなく、和服に使っても粋なアクセントになりそうです。赤に藍、現代も変わらずに私たちの暮らしに寄り添う貴重な色を纏って、お洒落を楽しんでいいただけたら嬉しいです。