2016年09月07日(水) 作れちゃう
静岡県立美術館では、ほぼ毎月1回のペースで、一般の利用者の方々に実技室をアトリエとして開放する、「創作週間」というプログラムを実施しています。創作週間は、水曜~日曜日の5日間に渡り、指定の曜日に、木版画、日本画、銅版画・リトグラフ、の専門的な知識を有する講師が常駐しています。(詳細はリンク先をご確認下さい。http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/japanese/education_lecture/jitsugi/2016/05.php)
今回は、創作週間でインストラクターを務めて下っている、版画家・柳本一英先生による、スペシャルなリトグラフ講座が開催されました。
リトグラフという技法の名前は、美術館に展示された作品のキャプション等で時々目にするのではないでしょうか。でも、一体それがどのような技法なのか、いまいちピンときませんよね。リトグラフ(Lithograph:石版印刷)は、平版と呼ばれる版画技法の一種です。石の表面に絵を描き、化学反応の工程を経て、インクの部分(油性)と、余白の部分(水性)とに分けて印刷が可能になる技術です。ますます複雑ですが…、講座の様子を通して工程をご紹介します。
【1日目】
はじめに、展示室で「フランス版画コレクションより」を鑑賞しました。展示室内には、リトグラフの作品だけでなく、銅版画やガラス版画による作品も展示されていたため、それぞれにどのような特徴があるかを、先生の解説とともに見ていただきました。
この講座では、伝統的なリトグラフも知っていただくために、柳本先生が石版によるデモンストレーションを行いました。石に描いた線をそのまま写し取れるのが、リトグラフの特徴であり、いちばんの魅力です。クレヨンやリトグラフ用解墨といった油性の描画材を用いて、色々と落書きをしてみました。
新しい作品を制作するためには、石版に描かれた絵を消す必要があります。もう1枚の石板を重ね、磨き粉をふり、版面を削り取ります。最初は石が楽に動きますが、削れてくるにつれ、石版が重たく動きづらくなってきます。すっかり消すには大変な労力を要するということでした。
今回は、参加者の皆さんには、石の代わりにアルミ版を用いて制作していただきました。
アルミ板に薬剤を塗布し、製面処理をした後に、アラビアゴムで外枠を塗りました。アラビアゴムは親水性ですので、塗ったところは油性のインクをはじきます。つまり余白となる部分で、これから下絵を版に描写していく際の汚れガードの役割も果たします。
リトグラフは、描いた線がそのまま表現されるという特徴があります。今回はその魅力を感じていただくために、クレヨンという身近な描画材を用いました。参考作品として、古いロシアの絵本の挿絵も見ていただきました。1日目は、下絵をアルミ版に描くところまでで終了しました。
【2日目】
2日目はいよいよ、複雑な製版作業に入ります。親油性の薬剤と親水性の薬剤を、塗布しては落とすという工程を繰り返すなかで、版のインク部分と余白部分が、親油性と親水性とにきっちり分かたれていきます。目には見えない反応だけに、皆さん、ノートにメモするので必死でした…。
クレヨンの描画部分も全て落とし、製版用インクに盛り変えます。版は既に親油性と親水性に分かれているため、水を打ちながらインクを乗せると、再び鮮やかな線描が現れます。
タルクというストーンパウダーをふりかけ、余分なインクを吸い取り、親水性の薬剤を塗布し、しばし版を寝かせます…。
午後からはいよいよ刷りの工程です。ローラーで版にインクを乗せていきます。版にインクを乗せては水を打つという作業を繰り返します。柳本先生は、片手でローラーを楽々持ち上げ、もう片方の手で水を打ちます。いかにも職人さんって感じでカッコイイのですが、初心者にはなかなか出来ません。2人がかりで、お餅つきのような息の合ったプレイが要求されます。
なんと、実技室にはリトグラフ用プレス機があるのです。この大きな印刷機を使って、作品を刷っていきます。皆さんちゃんと刷り上がるでしょうか…どきどき。紙をひっくり返すこの瞬間が、版画のいちばんの醍醐味かもしれません。「わぁ!」「あれ~…」色んな声が上がりました。
無事に全員刷り終えたところで、いちばんお気に入りの一枚をピックアップし、作品発表会を行いました。どの方の作品も、クレヨンで描いた素朴な線が、本当にそのまま表現されていて、あたたかみが感じられました。
こちらは、本物の絵本の挿絵のような、可愛らしい作品に仕上がりました。動物たちがスタバでひと時を満喫しているシーンを描いたそうです。猫のバリスタも居ますね~。
下の作品は解墨を用いてベタ塗りした部分と、線のみで描写した部分の表現が比較出来ます。鏡とおさげの女の子の後ろ姿の作品、線と面のデザインがとっても素敵ですね。髪の色が濃く出すぎてしまったと話されていました。解墨を上手く使いこなすには経験値が必要だそうです。
リトグラフがどういった技法か、少しでも伝わったでしょうか?ピカソやマティスといった有名な芸術家の作品にもリトグラフが多く用いられているのは、繊細なタッチをそのまま表現することが出来る版画技法だからなのですね。見慣れない工程の繰り返しで、頭の中がいっぱいになったかと思いますが、ご興味を持たれた方は、ぜひ一度、創作週間へ足をお運びください。次回の創作週間で柳本先生がインストラクターとしていらっしゃる日は、10/9(日)になります。予約やお申込みは不要です。(リトグラフのプレス機を使用する際には、事前予約が必要です)