作れちゃう

6/10-11 創作週間スペシャル・日本画「絹本に蓮を描く」

完成!
静岡県立美術館では、ほぼ毎月1回のペースで、一般の利用者の方々に実技室をアトリエとして開放する、「創作週間」というプログラムを実施しています。実施期間は、水曜~日曜日の5日間に渡り、日本画、木版画、銅版画・リトグラフの専門的な知識を有する講師が指定の曜日に在室しています。今回は、日本画のステップアップ講座として、「創作週間」でインストラクターを担当されている、日本画家・日下文先生による、絹本(絵絹に描く)講座が開催されました。

日下先生
昨今、美術学校や教室等で本格的に日本画を習われた方でも、絹本を用いて制作する機会はなかなか少ないようです。1日目の午前中は、絹本(けんぽん)の特色を参考作品とともに解説し、絵絹(えぎぬ)に描いた場合と、和紙に描いた場合で得られる表現の違い等に着目していただきました。また、日下先生がご自身の制作の際、写生のために訪れた「蓮花寺池公園」(藤枝市)でのお話を通して、蓮の花の特徴や、その周辺に棲む生き物についてイメージをふくらませていただきました。

トップ日下先生

下の写真は、日下先生やスタッフによる、絹本の参考作品です。日本画の作品に見られる、「ぼかし」(上段右と下段左と中の背景グラデーション)や「たらしこみ」は、紙本にも用いられる技法ですが、絵絹に施す方が断然、美しい仕上がりになります。また、「裏箔」(下段右。裏に金箔貼)や「裏彩色」といった技法は、透けるという特徴を生かした、絹本ならではの技法ともいえます。

試作
絹本の基本的な特徴を理解したところで、ご自身の制作に入ります。本来ならば、実際に蓮を見て写生した方が、より気持ちの入った作品に仕上がるですが、この時は開花前ということもあり、こちらで用意した蓮や水辺の生物の写真の中からモチーフを選んでいただきました。

蓮の写真を選ぶ
鉛筆や色鉛筆を用いて写生をします。こうして出来上がった下絵をもとに、蓮や虫といったメインになるモチーフの大きさ、配置場所、余白の取り方…等々、画面構成を試みます。

小下図をつくる2
構成が決まり下絵が完成したら、本番用の絹本に墨で線を写し取っていきます。絵絹は透けるため、画面の下に下絵を置くと、そのまま線を写すことが可能です。これを「透き写し」といいます。また、墨で輪郭線を引くことを「骨描き」(こつがき)といい、この線が作品の骨格となります。慎重に、でも伸びやかに…使い慣れない筆と対話しながら描きすすめます。

透き写し
つづいて淡墨を重ね、モチーフに濃淡をつけていきます。この墨の濃淡をしっかり施すことで、色を置いた時に、より深みのある表現が生まれます。

墨で濃淡をつける
骨描きして墨の濃淡を施したもの。絹が透けて裏の資料が見えています。この透ける性質を生かし、着彩していきます。

絹は透ける
墨による工程を終えた方から、色を用いた着彩に入ります。日下先生から、絵の具の扱い方や、絹本に適した着彩方法のレクチャーを受けました。

暈しの説明
日本画に用いる代表的な絵の具として、岩絵具(いわえのぐ)や水干絵具(すいひえのぐ)といった顔料が挙げられます。(下の写真では、左の一列のみが岩絵具で、他は水干絵具です。岩絵具はとても高価なのです…)どの色にも美しい和風の名前がついていて、眺めているだけでも楽しいです。基本的に、岩絵具は鉱石を原料とし、水干絵具は土を原料とします。いずれも微粒子の色の粒なので、このままでは絹や紙に定着しません。

水干と岩絵具

これらの顔料に、膠(にかわ)という接着剤を混ぜて使用します。膠は、古くは古代壁画の時代から使用され、現在でも日本画の制作においては、画面と絵具を接着するために用いられています。原料は動物性コラーゲン(骨、皮、腱などを煮出し固めたもの)で、日本画では牛や鹿の膠、洋画では兎の膠なども使用されます。下の写真は水干絵具を作っているところです。小鍋に入っているのが膠液で、これを顔料に加えてよく練り、水で調整します。

水干を溶く
下の写真の右のお皿は、粒子の状態の水干絵具です。左のお皿は膠と水で溶いた状態です。同じ色なのですが、溶く前と後で色味が異なります。ちなみに、画面に着彩して乾くと粒子の時の色に戻ります。ですので、仕上がりの色は乾いた状態で考えなくてはなりません。悩ましいですね…。

水干を溶く2

白には胡粉(ごふん)を用います。胡粉もまた、古くから日本の絵画に使用されてきました。牡蠣や蛤やほたての貝殻が原料で、風化させ、微粒子化したものが、グレード別に販売されています。顔料と同様、膠で練って使用します。

胡粉を練る

チューブから出す絵具と異なり、日本画の 絵具は数色用意するにも時間を要します。絵具を練りながら心を落ち着かせ、作品に向き合う大切な時間です。絵具が出来上がったところで、まずは胡粉(白)を、絵絹の表側からメインとなるモチーフに塗りました。蓮の花はピンク色ですが、先に胡粉でベースをつくることで、後から重ねる色の発色や定着が良くなります。

胡粉を塗る

つづいて絹本を裏返し、2色以上の色を用いてぼかします。裏面からぼかしを施すと、表面へ着彩した胡粉への影響も少なく、よりやわらかい印象に仕上がります。下の写真は、緑系と青系の水干を上下から塗り、中段は水刷毛でぼかしています。ぼかす時には、色のついた刷毛、水を含んだ刷毛、乾いた刷毛の3種類を素早く、器用に使い分けなければ上手くできません。

2色暈し

4色を用いて、繊細なグラデーションを施した方もいらっしゃいました。配色も見事です。

4色暈し

下の写真は、表から胡粉を塗った後、ぼかしをせずに裏彩色を施した作品です。これから、白くなっている蓮の花の部分に色を施していきます。

胡粉をして背景色

日本画経験者の方には、絵絹の裏側から金箔を貼る「裏箔」にも挑戦していただきました。

裏箔1
箔を貼って表に返すと、下の写真のようになります。絹目で光沢が控えめになり、上品な背景下地が出来上がりました。背景の目処が立ったところで、1日目を終了しました。

裏箔2

2日目は、10:30の開始からもくもくと着彩をすすめます。

着彩1
日本画の絵具は、完全に乾いてからでないと色を重ねられないため、塗っては乾かし、乾かしては色の様子を見て…仕上げたいイメージに近づけていきます。せっかちな方には到底向かない技法ですね。

着彩3

お昼休憩をはさみ、午後3時半には、途中経過の発表会を行いました。急いで仕上げるものではありませんし、この2日間で仕上がらなくても、今後の「創作週間」で続けて制作することが可能です。全員分の作品を並べ、おひとりずつの感想と、日下先生からアドバイスをいただきました。

RIMG4150

完成1
完成4
完成2
完成5
こういった制作工程を体験すると、美術館に展示されている大作など、一体どれほどの時間と労力がかかっているのだろうと、改めて考えさせられます。折しも7/14(金)~、当館で「日本画入門!」が開催されます。(「白の表現力」「新収蔵品展」同時開催)この展示では、日本画の画材、技法、形式という3つのテーマに沿って、江戸時代から近代にかけて描かれた作品、約30点をご覧いただけます。絹本講座にご参加下さった皆さまも、このブログを読んで下さった方も、きっと、日本画をより身近に、面白く感じていただけることと思います。ぜひ足をお運び下さい。