「1968年 激動の時代の芸術」展関連講座として、出展作家の北井一夫氏を講師にお招きし、表現者として生き抜く術について考える2日間の連続講座を開催しました。講座の企画段階では、写真家として第一線で活躍されている北井さんに、写真の実技指導をしていただくといった内容を考えていましたが、北井さんから「今は写真の技術を学ぶ時代ではない」という言葉とともに、技術よりも、どう表現するか、どんな媒体で表現するか、これからの時代どうやって写真家として生き抜いていくかということに焦点を当てた方が面白い講座になるのでは、というご提案をいただきました。これを受け、より実践的な活動について考察を深めるため、北井さんからご紹介いただいた3組のゲストを交えての対談を中心とし、受講者の方に作品をご持参いただいた上で講評会を実施しました。
初日は「本気で写真家を志す人」を対象に、作品持参という条件で受講者を募り、県内各地から約20名の参加がありました。講座室はいつもとは違う緊張感が漂い、講習中も懸命にノートを取っている姿が印象的でした。
1日目は、ゲストに雑誌『日本カメラ』副編集長の村上仁一氏と、本展覧会を担当する川谷承子学芸員を交えて「これからの写真家」をテーマに対談が行われました。対談の前半は、1960年代から始まった北井さんの写真家としてのキャリアや生き方について、作品をスクリーンに投影しながら編集者としての視点で村上さんが北井さんに質問するかたちで進行しました。後半は、川谷学芸員が質問者となり、表現者としても活動をされている村上さんの視点も伺いつつ、1970年代~現在に至る日本の写真の評価、カメラ雑誌の衰退にともなう写真家の仕事の変化、写真集、個展、SNSといった作品を発表する場の変化など、写真を取り巻く時代背景やそれをふまえた現状について考察しました。
午後は、北井さんと村上さんによる作品講評会を実施しました。学生の方、副業をしながら作家活動されている方、写真雑誌のコンペで受賞経験のある方など、年代も立場も様々の方が集まり、作品台を囲んでの講評会となりました。1人10分程度の持ち時間で、持参した作品をテーブルに並べ、撮影のテーマなども話していただきました。北井さんも村上さんも、お一人ずつ真剣に講評をしてくださり、時間を延長する場面が何度も見られました。若い方々は、自分は何をどのように撮っていけば良いのだろうという根本的な悩みを抱えているようで、それが作品にも表れていました。午前の対談時に、北井さんがドキュメンタリー写真についてふれる場面があり、写真家は被写体との関係性を写すのであって、それが全てであるといった内容を話されていましたが、たしかに、人を惹きつける作品は一貫した姿勢で被写体と向き合っている感じが伝わってきました。
2日目は「アートマーケットとの付き合い方」をテーマに、写真に限らず現代アートに関心のある方まで対象を広げて受講者を募り、県内外から40名近い参加がありました。
昨日にひきつづき、川谷学芸員が質問者となり対談が進行しました。昨日は表現者としての北井さんへの質問が中心でしたが、この講座では、表現することだけでなく売るという行為について、一歩踏み込んだ内容に質問が及びました。ゲストにはYumiko Chiba Associatesディレクターの千葉由美子氏を招き、北井さんの作品との出会いや、国内外のアートマーケットの動向、主に90年代半ば以降のプライマリーマーケット(作品が世に出る最初の市場)についてお話を伺いました。千葉さんは、2012年に東京都写真美術館で開催された「北井一夫? いつかみた風景」展で、それまでにも感じていた北井さんの一貫した作品表現や展示表現の姿勢を見てとり、大変な感銘を受けたそうです。また北井さんも千葉さんに大きな信頼を寄せているとのことでした。お二人の話を伺い、表現者と、その作品を扱うギャラリーが時間をかけて信頼関係を築き、その上でマーケットが成り立っているということに改めて気が付かされました。
午後は、北井さんと千葉さんに加えて、1968年に実川美術を設立後、87年まで「自由が丘画廊」を運営された実川暢宏氏を特別ゲストとしてお招きしました。実川さんは、現代美術作品の収集がほとんどされていなかった1970年代前後から、先見の目を持って作品と関わってこられました。現代美術のアートマーケットがどのように展開し現在にいたるのかということを、私たちが知り得ない時代背景を次々と明るみに出して話され、非常に面白い対談となりました。最後に、これからアーティストを志す人は、とにかく面白い人間とたくさん関わり、その中で繋がりを作っていくことが大切だと話されていたのも印象的でした。
2日目の対談後に質疑応答の時間を設けました。皆さんの問いや意見をできるだけ多く拾うために、予め質問用紙にご記入いただき、回収した後に質問内容を読み上げました。(以下一部抜粋)「ギャラリーがアーティストを見出すお話がありましたが、作家からアートマネージャーを探す、アプローチすることは活路がありますか?」、「自分が撮りたいものがわからなくなったり、迷ってしまう時に何をヒントに見つけていけばいいでしょうか?」といった作家志望の方々からの率直な質問が相次ぎ、普段ではなかなか聞かれないと思われる貴重な回答もいただきました。また、「マーケットの事など考えもしなかったのですが、とても面白かったです。見方が変わりました。」、「現代、1960年、1970年、それぞれの時代で評価されてきた人の背景や売れるために大切なことを学ぶことができて有意義でした。」といった、ここには書ききれないほどのご意見やご感想もいただき、盛大な拍手とともに講座を終了しました。私たち運営側もこういったスタイルの講座は初めてでしたが、出展作家である北井さんを通じて、編集者、ギャラリスト、コレクターといった、第一線で活躍する方々の視点を、受講者の皆さんとともに共有することができ、大変貴重な2日間となりました。このような機会を与えていただき、ご賛同くださった皆さまに心から感謝いたします。
2019年03月22日(金) 作れちゃう
ワークショップの記録です。1968展の出品作家で映像作家の中嶋興さんをお招きして、江戸アニメ「写し絵」ワークショップを開催しました。江戸時代に大衆に娯楽として親しまれた「写し絵」は、現代のアニメのルーツとされています。今回のワークショップでは、写し絵を通じて、動画の仕組みや歴史を学び、さらにフィルムに絵を直接描いて、動画を作る実験をしました。静岡県美では初めてのアニメに関連したワークショップになりましたが、子どもから大人まで、幅広い年代の方々が参加してくださいました。アニメの歴史に触れて、制作に挑戦した充実の1日の様子をご覧ください。
講師の中嶋さんは、1960年代よりフィルムに直接描いた絵を、16㎜映写機で動画として上映する「カキメーション」を発案し、このカキメーションの手法により《精造機》1964年(4分、16㎜フィルム、絵具、音楽)をはじめとするアニメーション作品を多数発表してきました。同作品を含む作品は、ニューヨーク近代美術館(MOMA)にも収蔵されています。
まずは動画の歴史についてのお話の後、これまでに実施された「写し絵」の映像を見て、実際にその場で投影しました。こちらの中嶋さんがお持ちの光っている箱が、「風呂」という投影機です。江戸時代に西洋から投影機が輸入され、日本は独自にこの木製の投影機を作りました。持ち手が熱くなることや、形が風呂桶に似ていることから「風呂」と呼ばれています。
伝統的な写し絵の上映では、語り手と楽器の音に合わせて絵が動きますが、その仕組みは鑑賞者には分かりません。今では仕掛が何となく想像できますが、電気の無かった時代に、暗がりに浮かび上がる絵、しかも自在に動くということが、当時の人々にとってどれほどの驚きだったのでしょうか。 当時の人々は、私たちが映画を見るように楽しんでいたようです。
投影機のフィルムの役割をするものを「種板(たねいた)」と呼びます。この種板を風呂にはめることで、絵が投影されます。江戸時代ではガラスを使用したそうですが、今回は透明プラスチックに絵を描きました。この透明な板をスライドさせて、絵を動かします。5cmの小さな絵が、自身と同じくらい大きく投影されます。
仕組みが分かったところで、種板づくりに入ります。まずは下絵を描きながらモチーフのどの部分を動かすのか考えます。
シンプルに鳥が飛ぶ様子を表現したい場合でも、背景を動かすのか、鳥自体を動かすのか、それとも両方動かすのか…さまざまなやり方があります。コマ数自体は2コマと短いのですが、意外と難しいものです。
下絵が完成したら、油性のマジックを使って描いていきます。
完成した人から一人ずつ投影に挑戦です。描いたのは小さな絵ですが、自分より大きく投影されます。
動物、人、キャラクターなど、さまざまな主人公が登場しました。2コマという短い作品ですが、それぞれ工夫が凝らされています。思いがけない場面の変化に、見ていると前後の物語を想像したくなります。なかには3コマで作った参加者の方もいました。
実際に自分で投影してみると分かるのですが、種板を動かすことが意外と難しいのです。伝統的な上映の仕方ですと、風呂を持って、種板を動かし、さらに自分も風呂を持って動くので、投影する役は演者としてとても忙しい動きをされていることが分かります。
午後の部は、「カキメーション」に挑戦です。午後はさらにコマを増やして、絵を動かすことに挑戦しました。今回は、フィルムに直接絵を描きます。約30mのフィルムを1人当たり1.5m程度ずつ描きました。フィルムの種類は、16mmという、家庭で使うカメラに入れるフィルムよりもずっと細いフィルムです。
30mを広げて皆で一気に描きます。保護者の方も一緒にカキメーションに挑戦です。具体的なモチーフを動かしても良いですが、抽象的な形の動きも面白いので、数色の色を使って、連続的に描いていきます。
フィルムの穴と穴の間が1コマで、12コマで1秒になります。形の動きを想像しながら実験的に描き進めます。パラパラ漫画のような仕組みですね。
さらに、「ヒッカキメーション」にも挑戦しました。使うフィルムは事前に乳剤が塗布されており、不透明です。この乳剤を引っかいて剥がして、剥がしたところにマジックでインクをつけます。一体どのように映るのでしょうか?まずは、ニードルやサンドペーパーなどの道具を使って、フィルムを引っかきます。強く引っかくとフィルムが切れてしまうので、加減して様子をみながら進めます。
切符の穴をあける機械や、パンチで穴を開けてみた箇所もありました。銅版画制作で使っている金属製のやすり、消しゴム判子など、あらゆるものを使って線を作り、油性マジックで線に色を付けます。
とても長いフィルムでしたが、お友達や大人と協力しつつ、描き上げました。どのように出来ているのか想像しつつ、わくわくしながら描き進められるのがアナログの醍醐味の一つです。
さっそく上映会です。こちらの16mmの映写機を使って上映します。スイッチを入れると、ランプが点いて、フィルムが回り、フィルムを巻き取る、シュルシュル、カタカタという音がします。
さて、どのように仕上がったのでしょうか?ここではほんの一部をキャプチャーして掲載します。一コマずつ描かれたものから、色と線を使った実験的なものまで、各々の表現が1本のフィルムに凝縮され、見応えのある映像ができました。こちらはカキメーションで作った映像です。
こちらは、ヒッカキメーションです。引っかいたところから映写機の光がそのまま通り、白く光っています。キラキラと流れる光の美しさが印象的でした。
それぞれの方法で、約6分間もの映像を作ることができました。今や子どもたちにとってスマートフォンや、動画共有サイトは身近な存在です。今回は、絵を描いて、直接投影するというアナログな手法に挑戦しましたが、出来上がった作品を見ると皆さんの描いた線がとても生き生きしていて、手描きの面白さというものを改めて感じました。今回は短い映像を作りましたが、作り手の経験をすることで、「絵が動くこと」について体感的に知ることができたのではないでしょうか。ご家庭でもまた挑戦してみてくださいね。
2019年03月08日(金) 作れちゃう
実技室プログラムのお知らせです。創作週間スペシャル「オリジナルの手ぬぐいをシルクスクリーンでつくろう」を開催しました。今回はオリジナルのパターンをつくって、手ぬぐいにプリントしました。当館では久々のシルクスクリーンの講座、さらに初の「パターン」をテーマにした講座になり、スタッフも皆さんと一緒に勉強しながら挑みました。どのような作品が仕上がったのでしょうか?作品と共に、2日間の様子をご覧ください。
今回の講師は当館シルクスクリーン講座でおなじみの、北川純氏にお越しいただきました。
まずは、初心者の方もいらっしゃるので、シルクスクリーンの説明からしていきます。シルクスクリーンは、版画のなかでも、孔版の部類です。簡単に言うと、版に空いた穴からインクが落ちてプリントされる仕組みになっています。
製版には、光(紫外線)を用います。まずは全員で、紫外線に反応して固まる乳剤を版に塗布します。この時、乳剤が厚くても薄すぎてもいけません。液体の扱いが難しいので、慎重に作業進めていきます。
このように乳剤が塗布できたら、しばらく置いて乾燥させます。今回は隣の講座室を暗室の状態にし、スタッフがドライヤーで速乾させました。
版の乾燥を待ちながら、下書きを進めます。シルクスクリーンは、版となるスクリーンの目の細かさが決まっているので、あまりに細い線を出すことはできません。できる限り白黒がはっきりとした、太めの線の原稿を作ります。
原稿が出来たら、いよいよ感光です。紫外線が出るライトボックスに、原稿を置き、その上に先ほどの乳剤を塗布したスクリーンを置きます。さらに重石をのせて、スクリーンと原稿を完全に密着させます。?そして感光です。ここでは、感光する時間が肝です。今回は、3分半程度の感光で製版してみました。その時々によって、感光時間を調節します。
感光が終了した後は、流水で現像させます。
上手く絵が現れない場合は、感光時間を変えてもう一度チャレンジします。この日は何枚か上手く絵が現れず、何枚か感光し直すことになりました。なぜ感光が上手くいかなかったのか…悔しさと悲しさが入り混じった感情と共に、新しい版の準備をします。
ここまでで、1日目が終了です。
2日目、製版が終わっている方からプリントに移ります。
今回はのテーマは、パターンということで、絵を連続的にプリントさせていきます。支持体となる手ぬぐいが乗った台に、見当をつけます。さらに版を固定具を使って位置を定めます。プリントしたら、手ぬぐいを横にライドさせてそのまま隣にプリントします。この手順を、プリントしたい回数に合わせて繰り返します。
やり方が分かったところで、まずはインク作りから始めます。今回のプリントする手ぬぐいは、白と紺です。同じ絵柄でも、布とインクの色よって、異なる印象になります。プリントしたらどのような色味になるのか想像しながらインクを作ります。
インクが準備出来たら、各自のペースでプリントを進めていきます。下書きの時点で繊細な線があった図案も、丁寧な製版でキレイに仕上がりました。
続々と、皆さん真剣にプリントを続行されて、あっという間に終了時刻を迎えました。
さて、どのような作品が仕上がったのでしょうか?皆さんの作品をご紹介します。
最後は全員で完成した作品を見せ合いました。参加者同士で、インクを使いまわしている方もいらっしゃいます。同じ色でも、モチーフやプリントの仕方によって、大きく印象が変わりますね。 グラデーションに挑戦された方もいらっしゃいました。絶妙な色使いで、なんと金色に光って見えるような表現も!(金インク不使用です)色使いの奥深さを感じました。
今回お作りいただいた作品は、そのまま手ぬぐいとしてお使いいただけますし、手芸で他の形に加工していただくこともできます。パターンのプリントの仕方をマスターすれば、作品の幅が広がりそうです。
シルクスクリーンは文章にすると、難しそうに見えてしまいますが、とてもシンプルな仕組みの技法です。シルクスクリーンは、「創作週間」というアトリエを開放している日でも体験していただけますので、お気軽にお越しください。詳しくは、静岡県立美術館のHP、「アートを学ぶ・体験する」より「創作週間」のページをご覧ください。
2019年02月28日(木) 作れちゃう
「めがねと旅する美術展」出展作家の今和泉隆行さん(空想地図作家)を講師にお招きし、空想地図を作るワークショップ「空想の街に、地図でトリップ!」が開催されました。当館に展示されていた作品《空想地図「中村市」(なごむるし)》(http://imgmap.chirijin.com/viewmaps/)をご覧になった方はご存知かと思いますが、今和泉さんの創り出す空想の街の地図は、実在する都市と見紛う精工さで、何も知らずにその地図を渡されたら、日本のどこかに存在している街と信じてしまうほどの出来栄えです。今回、子どもや親子向けのワークショップで「地図を作る」という運びになり、今和泉さんのハイクオリティな地図のイメージから、これをどうやって、地図にふれたこともないかもしれない子どもたちのレベルに落としこむのだろうと思っていました。
今和泉さんに言われるがまま、事前打ち合わせもなく当日を迎え、ワークショップ直前に簡単な打ち合わせを行いました。用意して下さった地図シート(といっても、地図上で見かけるような、ビジネス街、工場、商業地域、住宅地、農地、山林といった地図模様のパターンがA4用紙いっぱいに印刷されているシンプルなもの。下図参照。)を前に、「どうやって地図を作るのですか?事前に作り方を教えていただけますか?」とお願いすると、きっぱり「作り方なんて無いです。このシートを適当に切って貼ってつないでいけば、地図はできます!」と言われました。カーナビやグーグルマップに頼りきりな私からすると、地図を読むのもやっとなのに、予備知識なしで作れるなんて…信じがたい一言でしたが、なにはともあれワークショップが始まりました。
はじめに、今和泉さんの自己紹介、地図の縮尺に関する簡単な解説と地図シートや道具類の使い方の説明がありました。今回のワークショップでは、空想の街を描くための白画用紙(A4より小さめ)を台紙とし、前述の地図シート、そのほかに「山」を表す緑系の色紙や、「水辺」を表す青系の色紙を用意しました。これらを自由に切り取り、貼り付け、さらに水性ペンやラインテープを用いて、山河や街をつなぐ「道」を引き、地図を作っていきます。
今和泉さん曰く、小学3年生くらいから、サポート無しでも自発的に地図を作り始めるとのことでしたが、本当にその通りで、シートをどんどん切り抜いて、次々と白い画用紙の上に並べ始めました。不思議なもので、真っ白い画用紙の上に、山がひとつ、川がひとつ、小さな住宅街がひとつ…と置かれていくたびに、本当に、それらしい地図が見えてきました。地図に関する知識を多少なりとも持ち合わせている大人よりも、先入観のない子どもの方が、想像力と感覚で、ユニークな地図を作っていくように見えました。
今回のワークショップは親子参加が多かったこともあり、一緒に制作している様子も見られました。「空想の街の地図を作る」という共通の目的のもと、お互いの希望を伝えたり、作業を分担してみたり、自然と会話が生まれるようで、楽しそうな声があちこちから聞こえてきました。お父さんと息子さんで制作されていたチームは、計画からじっくりと時間をかけて、本当の都市計画に立ち会っているようでした。きっと、親子でも知らない一面を見る、新鮮な機会になったのではないでしょうか。
各地で地図をつくるワークショップをされている今和泉さんですが、参加者の方々が作る空想地図には、無意識の内に、ご当地感が反映されるとのことでした。静岡市近郊から参加された方々の空想地図の多くに、山の緑のエリアと、海や川といった水辺を表す青色のエリアの両方が配置されていました。それから富士山を置いた人も何人か見られました。山の幸、海の幸に恵まれた静岡は、本当に住み良い場所ですから、空想の街にも必須ということですね。ちなみに下の写真はスタッフが作成した空想地図です。特に意識した訳では無いのですが、古墳と温泉旅館のある街になっていました…。
開始から2時間ほどで、参加者それぞれの個性が際立つ、空想の街の地図が完成しました。さいごに、皆さんが作った空想地図を1枚ずつモニターに映し出し、今和泉さんがその地図を読み解いていきました。
「ここには巨大な空き地があります。ここは一体何なのでしょうか、地図上には載せられない国家機密級の何かが隠されているのでしょうか…」それぞれの空想地図に見られる特徴を、リアルに読み解いていく今和泉さんの視点が面白く、笑いを呼んでいました。
そして街の住人(地図の作者)にも、どういった意図でこの地図を描いたのか発表していただきました。他の人が作った地図を読むことで、その人の生活感や、人生観まで垣間見れ、非常に面白かったです。子どもが描く空想の街は、街全体が回遊型の遊園地になっていたり、どこまでも夢にあふれていました。
今和泉さんは、7歳の頃から実在しない都市の地図を描きつづけ、今でもその地図は広がりつづけています。ちょうどこのワークショップを終えた後に、今和泉さんの著書『「地図感覚」から都市を読み解く』(晶文社)が発売予定です。今和泉さんのすごいところは、地図の完成度のみならず、空想の地図が現在の仕事の基盤にもなっているということではないでしょうか。今後も空想地図とともに、様々な事業を展開されていくのだと思います。空想の世界も追及すれば、現実の世界に新たな視点を投じることができるということ。今回のワークショップで、子どもたちにそこまで伝わったかどうかはわかりませんが…いつか、思い出してもらえたら嬉しいです。
2019年01月24日(木) 美術館の独り言
実技室プログラムのお知らせです。12月8日・9日の2日間で、現在開催中の「めがねと旅する美術展」出品作家の、山田純嗣さんをお招きして、2日間の講座を実施しました。山田さんは美術史上の名画を立体化し、それを撮影したものの上からさらに描写を重ねるという、独自の技法で制作をされています。
今回の講座では、山田さんの作品プロセスの一部に倣って制作しました。ワークショップでは、メガネやカメラに相当する手作りの装置を覗きながら、当館所蔵の伊藤若冲《樹花鳥獣図屏風》の右隻をジオラマとして再現しました。装置から立体化された作品を覗いてみると、どうなるのでしょうか?当日の様子をご覧ください。
<1日目>
まずは山田さんご自身の作品についてのご紹介と、今回作るメガネやカメラに相当する装置についての説明がありました。山田さんの目の前に置かれている木箱が、その装置です。装置は木製の箱で、のぞき穴が付いています。まずは一人一つの箱を作るために、板をグルーガンで接着させて組み立てる作業から始まりました。
次に、樹花鳥獣図屏風をプラスチック板にトレースします。このプラスチック板が、動物を配置するときに重要な目印の役目になります。
そして、背景用に竹ひごを2本通します。最後にこの竹ひごから、背景の植物や動物を吊るします。さらに地面になる底面を、樹花鳥獣図屏風の見本を見ながら塗っていきます。本物を一見すると緑のベタ塗りに見えますが、茂みの線など、微妙な表情をつけて塗っていきます。
地面が完成です。地面と草の絶妙な色合いが表現されています。
お昼を挟んで、いよいよレジンで動物たちを型取りします。こちらの山田さん作成のシリコン型を使用します。レジンを流し込む前に、離型剤を塗ります。
レジンは2種類の液の反応で固まります。あらかじめ、それぞれ同じ分量を量っておき、一気に混ぜて、シリコン型に流し込みます。すぐに硬化が始まるので、手早く作業します。
このまま10分程度固まるまで待ちます。型は4種類あるので、この工程を4回繰り返します。
こちらが方から外した状態です。これからパーツごとに外して、ヤスリやカッターを使って、形を整えていきます。
とても細かい部品の数々!これほど沢山の動物が屏風の中に居たことに驚きます。作られたパーツと、屏風を照らし合わせて、パーツがそろっているか確認します。
レジンの気泡が入って、穴があいた場所は、パテで埋めて、一晩置いてからヤスリで削ります。ここで一日目が終了です。
<2日目>
昨日に引き続き、レジンで作った動物の形を整えます。昨日パテで埋めた部分もヤスリで整えます。細かい凹凸がありますので、削り落とさないように慎重に進めていきます。
このように、小さいパーツを作業しやすいように工夫されている方もいらっしゃいました。
ときどき箱の中に入れてみて、完成を想像しつつ、一休憩…。
形成が完了次第、着彩に移ります。動物の種類は沢山ありますが、それぞれ共通した色が用いられている箇所があります。山田さんが、それぞれのベースの色とアクセントの色を書きだしてくださったので、これをヒントにして塗っていきます。それぞれの立体に共通する色を一気に塗って、上に重ねて着彩するのがポイントです。
よく見ると、動物たちには、さまざまな模様があります。はたして、どこまで再現できるのでしょうか…
一つ一つの動物が形になると、この動物はどこを向いているのか等、表情が気になってきて、つい動物同士のストーリーを考えてしまいます。
最後に、動物を固定して、手前と奥の植物を設置したらついに完成です。
上から見ると、このような配置になりました。
意外と動物同士に距離があり、少しバラついて置かれているように見えるのですが、穴からのぞいてみると・・・
樹花鳥獣図屏風の世界になっています!のぞき穴という限られた視点から見ると、私たちのよく知っている樹花鳥獣図屏風の絵になっています。なんだか不思議な気持ち…。
今回のワークショップでは、お馴染みの《樹花鳥獣図屏風》をテーマにしましたが、平面の作品を立体化することで、空間という新しい視点が加わり、動物たちの配置を考えたり、一つ一つ見ていくことで、新たな発見をすることができました。これから他の作品を鑑賞するときに、誰の視点から、どのように見たのか考えたり、描かれているモチーフから見た視点など、平面と立体を往来するように鑑賞すると、作品の見方が広がりそうですね。